『フリクリ』と『涼宮ハルヒ』

アニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』についての他人の感想を探していると「『エヴァンゲリオン』に対する答え」がどうのこうの書かれているのをよく見かけた。俺は『エヴァンゲリオン』に関しては一通り目を通したぐらいで劇場版を観ても「頼むからオメーの対人恐怖症なんかで俺らの世界を壊してくれるな」ぐらいにしか思わなかった。テキトーに観ておきながら登場人物に殺意を抱いた作品はこれだけだろう。ちなみに二度とこの作品を観るつもりはない。
そんなわけで深い考察をするわけでもなかった俺は、『ハルヒ』と『エヴァ』の関連性についてたくさん語られてもよくわからなかったので非常に悔しかった。だから俺は『涼宮ハルヒの憂鬱』と『フリクリ』の関係について書いてやるのだ。多分、大した関連性はないだろうけど無理矢理こじつけてやる。


フリクリ』の大雑把なあらすじは「小学生のナオ太のもとにハルハラハル子という自称宇宙人がやってきて大騒動を巻き起こす」というもの。
まずはナオ太の性格についてだが、「凄い事なんてない。ただ当たり前の事しか起こらない。」なんて諦めちゃってるようなことを冒頭から言ってるのだ。お前はキョンか!キョンなんだな!
そしてハル子の方は自由奔放で自分の願望を叶えるために一直線に向かっていくような性格。その結果周囲に迷惑を撒き散らす。よし、今日からお前はハルハラハルヒな。
ちなみにネタバレしちゃうけど、ラストは世界崩壊の危機が迫るもナオ太とハル子がキスをした後に何か色々あって世界は守られるというオチだ。
なあ、やっぱりこれって『涼宮ハルヒの憂鬱』のだろ。


……って、こんだけしか関連性が見つからねえじゃねえか!よく探せばもうちょっとありそうなんだけど。
てゆーか、そもそもこの作品は情報量が膨大なんで内容を理解するだけでも大変だ。それなのに他の作品との関連性なんて見つけてられるかってんだ。


余談だが『フリクリ』の物語について「ナオ太は成長した」派と「ナオ太は成長してない」派に分かれてるみたいだけど俺はやっぱり成長した派だ。成長してない派の人は、ナオ太がカンチから抜け出してハル子に告白することについてどう思ってるんだろう。